昨年11月に派遣契約が終了し、失業手当を頂きながらパート就活中です。
早くも定期的な仕事がなくなってから2か月半経ってしまいました。
先日友人に仕事の紹介をお願いしたのですが、その会社の本部から連絡が入る予定が1週間経っても音沙汰なし。
友人が再度連絡をとってくれたのですが、それでも何も連絡が来ません。
本部の仕事が混み合っているのか、今そんなに人を必要としていないのか、伝達がうまくいっていないのか全く持って想像の域ですが、連絡が来ない限り残念ながら縁がなかったのかもと気持ちが落ち込んでいます。
何にもない日は悪いことではないけれど
今まで自分の存在価値を仕事をしていることで見出していたところがあった私です。
何もしていない一日=仕事がない日、予定がない日
はなんだか時間を無駄にしてしまったような罪悪感がありました。
そこで、100均で買ったスケジュール帳になんでもいいから今日あったことを3つ書こうと決めて日々メモをするようにしました。
例えば
- 犬と散歩した
- 庭掃除した
- ジャムを作った
とか
- ブログを書いた
- 読書をした
- 父に電話した
とか
本当に他愛のないことばかり。
最近では、朝やりたいと思ったことを先に書いたりしています。
今朝は
・家中の床掃除をした
と書いてみました。過去形です。
書いてしまったらやらなくては!という気になるので自分を奮い立たせるのに効果的です(笑)
実際書いたことはやりました。
今年の初めから書いているので、何もしなかったと思われるここ最近でも書いたものを眺めて何にもしていないわけではなかったと自分で納得することが出来ています。
一日を振り返って何もしない日もあっていいと思います。
でも、、、貧乏性の私には中々それは出来ません。
何もしなかった=仕事も予定もなかった
と思われる一日でも、日常の小さな出来事を書くことで無駄に過ごしたわけではないと思うことが出来るのです。
21歳の娘は今人生の暇つぶしをしているそうです
話は飛びますが、今21歳の娘は大学を1年休学中です。
ベトナムの日本企業でインターン生として半年お勤めさせていただいた後、1か月かけて東南アジアを旅行中です。
時々LINE電話が掛かって来て1時間位長電話をしています。
一人旅なので相当暇なようです(笑)。
娘にとって今のこの自由な時間は人生の暇つぶしなんだそうです。
人生の暇つぶしって、老年になってから使うんじゃないの?って思っていましたが、こんなに若くても考えるものなのかと驚きでした。
確かにいくらでも時間はあって、全部自由に使えて、仕事や学業にしばられることのない時間は最高の暇つぶしが出来る時間かもしれません。
そんな時間は今を逃したらしばらく手に入れることは出来ないと本人はよく分かっているようです。
24時間バスに揺られるとか、知らない国の人と同じ部屋に泊まるとか、50代の私には体力的にも行動力的にももうすでに手の届かない体験になっていると感じます。
今しか出来ない経験、買うことは出来ないし、時間を巻き戻すことも出来ない。
ラオスでアジアゾウに乗っている写真が送られて来て本当にすごい!と思った母でした。
私の今の時間は娘とは種類が違うけれど、人生の暇つぶしなのではないか?
それならばもっといい時間を過ごしたい!と思いました。
このメモのお陰で無駄にしていないと思うことが出来ているかも。
仕事していてもしていなくても人生は続くかもしれないし終わるかもしれない
先日家の近所で交通事故を目撃しました。
後で聞いたところによると50代の通行人の方が巻き込まれて亡くなったそうです。
私と同じ、50代です。
なんてことない日常の隙間に突然入ってきた人生の最後の瞬間。
考えただけで恐ろしく、心が痛みました。
もっとやりたいことがあったかもしれない
家族がいるかもしれない
仕事もあるかもしれない
自分の人生が永遠に続くはずがないと分かっていても、他人の人生を自分ごととして考えることは中々ないのですが、先日の事故は身近で起こったことなので色々と考えることとなりました。
今のこの贅沢な暇時間、仕事をしていなくてもいいじゃないか、日々元気で少しでもいいことをみつけられたらいいじゃないか、と思いました。
私は今本当に幸せなんだと思います。